歌為夜屋。

歌為夜屋。

GHの二次創作を置いています。

BL・同人・性的表現がおすきでない方、

まわれ右。



CPは滝林とナル麻衣多めです。

 
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溺れる





ぺたり。
胸に手のひらが触れる。
リンは、正面に肉薄する肩を押し返していた腕から力を抜いた。
そこには何もない。
柔らかくもない男の胸だ、それに気付いてどうか正気に戻ってくれないだろうか。
はたしてその手は胸から鎖骨へと這い上がり、首筋に指を添える。
すりすりと擦られて、まるで愛撫のようだ、とリンは思う。
「ッ、…滝川さん」
背けた顔で呼んだ名前は、横顔を掠めるキスに掬われる。
額まで血が上ったような気がした。
思わず向き直ったリンの唇に、柔らかなそれが触れる。
二度、三度と優しく押し付けて離れていったその先を視線で辿ると、ベッドサイドの薄い灯りに照らされた滝川は榛色の目を細める。
「リン」
呼ばれて、もう一度口づけられた。
先程の、触れては離れるキスより少しだけ長いそれへ名残惜しさを感じてしまった事に気付いて当惑する。
止めさせなくてはならないのに。
左手でリンの顔を捕まえた滝川が体を傾けた拍子に長い髪がさらりと降りてくる。
本来なら明るい色のそれは、夜の帳のようにリンの視界から光を遮った。
逃れられないリンの上、肘で体重を支えた滝川はゆっくりと柔らかな口づけを繰り返す。
首筋に置いたままの手に、熱く流れる血が高揚を伝えてしまわないようリンは息を止める。
組み敷いた相手が一向に応えてこない事に気付いた滝川は、すぐそこで体を固くしているリンの耳にくちびるを寄せた。
「…やめる?」
吐息まじりの声が触れる。
ただそれだけで高鳴る胸を持て余して黙り込むリンから、ふっと体温が離れた。
「嫌か?」
滝川の声はいつものトーンで、不機嫌も困惑も読み取れない。
照明を背にして腕をついた滝顔も、リンにはよく見えない。
「あなたにされて嫌なことなど、何も」
「うん」
止めなくてはならないのに、突き放す言葉が見つからなかった。
「つーても気分じゃないとかさ、あるだろ。今日は駄目とか」
「…」
今日が駄目なら明日はいいとか、そもそもそういう関係だっただろうか。
先程までリンのささやかな抵抗を無いもののように振舞っていた男は、嘘のように生真面目な表情で答えを待っている。
「…滝川さん」
「ん」
「アルコールを?」
事態が事態だけに制止することに精一杯だったが、鼻を利かせるまでもなく滝川の体からは甘いような汗をかいたようなにおいが立っている。
「バレたか」
悪びれずに言った滝川は、鼻の脇をかいて体を起こした。
「流石に冷めてきた」
「でしょうね」
返して、リンはベッドに仰向けになったまま安堵の息をつく。
やはり間違いだったのだ。
酒を飲んでエラーを起こした結果の行動で、意味などない。
あとはこの男を部屋から叩き出して、シャワーを浴び直して眠るだけだ。
溢れそうだった感情のピースに理性で蓋をして起き上がったリンを、滝川は真っ直ぐに見つめる。
逆光の榛色は光を吸わない。
思わずたじろぐリンに、滝川が口を開く。
「んで、どうする?俺シャワー浴びてきてもいい?」
「どう、とは」
「俺は続きがしたい。キスもしたいしその先もしたいし何ならお前さんがいいことは全部したい」
全部。
全部とは。
益体もないことをイメージしそうになる脳、顔は平静を保てているだろうか。
リンには自信がない。
「…酔っていますね」
「最初はな。ちょっと勢いがあったことは否めんし、そこは反省して次回に持ち越す。しかしな、お前さんこれを逃したら二度と入れてくれないだろ、部屋に」
つらつらと、よく喋る。
「口実を作って強引に事へ及ぼうとする人間を招くような失敗を今後も犯せと?」
「そうじゃない。…そうじゃないんだろ?」
掬いあげるように見上げる。
この男は、自分の威力を…どんな仕草に他人が魅力を感じるか、その使い方をよく理解している。
分かっていて、その言葉の意味を酌もうとしてしまう自分にも腹が立った。
漏らしてしまった言葉を(それが真実であったとしても)撤回したい。
「そうではないとして、どうするつもりですか」
「俺に聞くの」
「…あなたが始めたことでしょう。明日の朝まで覚えているか怪しいものですが」
「それはないわ」
「どうですか」
「…試してみる?」
身を乗り出した滝川の顔が近づいてくるのを、あえて避けずに見ていた。
口の端に掠めるようなキスをして、滝川はベッドを降りる。
柔らかな白い波がたわんだ。
「風呂入ってくる」
ぼそりと言いおいて、シャワールームへ姿を消した。
逃げてしまえ。
頭の中で誰かが囁く。
どうせ一時の気の迷い、この先は無い。
何ならバスルームで寝こけているかも。
それは困る、何せ泥酔時の入浴は死の危険を伴う。
片恋の相手が雫に濡れた床へ倒れているのを想像して、リンは一瞬眉をしかめた。
と、そこへ想像の中で真っ白な顔をしてシャワーに打たれていた死体が顔を出す。
「風呂ためたけど」
一緒に入る?とあえて平静を装った声がする。
「はい」
先程入浴を済ませたばかりの、まだ濡れた髪のことを思った。


温かな湯気は天井に張り付いては、湯船に滴る。
ぽとん。ぴちょん。
雫が跳ねる度、狭い浴室に音が反響するのを膝の間で聞いている。
リンが長逗留しているホテルは生憎そういった事を主な目的とする施設ではなく、従って浴槽は狭い。
長身の男が二人で入るならなおの事だ。
おいで、と呼ばれてバスタブの淵へ背中を預けた滝川の、開いた膝の間に抱え込まれるようにして座る。
脚は当然伸ばせない。
リンの膝は湯船にたっぷりと張ったお湯から半分もはみ出している。
なるべくなるべく縮めた尻に、温められて膨張したやわらかな何かが当たる感覚が生々しかった。
「滝川さん」
狭くはありませんか、と小さく尋ねるリンに
「狭いよ」
普通の事のように答える声が近い。
「…出ます」
「いんだよ。狭くて」
いーの、と言って滝川は上がった体温で赤くなった手をリンの胸へ回す。
身長差のある滝川は、リンの肩から顔をのぞかせるような体制になる。
ややあってぎこちなく首をそらせ、滝川の肩に背中を預けるとんふ、と嬉しそうな鼻息が聞こえた。
「触りたい」
甘えるような、期待した調子に耳が痒くなる。
「触っていますが」
「えっちな意味で。お前さんに触りたい」
えっちな意味。
えっちとは。
単語を脳の中で一周させても該当する内容に突き当たらないリンの腕へ、滝川は手のひらで湯を掬ってはかける。
同じ温度になったそれでぺたりと触れた。
何度も何度もそうして、腕を撫でては離れる。

御休憩中

 

 

 

 

 

鳴り止まない。
真砂子の携帯は鳴り止まない。
えげつなく無遠慮に振動する。
この部屋について初めの10分は画面を無感動に見つめていた彼女も、今はもう鳴るままにしている。
「バイブ切ったらいいのに」
「放っておいて下さいまし」
つい、と顎を明後日の方へ向ける。
一糸纏わぬ姿でそんな表情をしている真砂子は、ひどく人形じみて美しくかった。
裸の胸にだらしなく羽毛布団の心地よさを感じている麻衣の手にある端末は、時折控えめに揺れる。
みじかいことば。
やさしい、あたたかいことば。
画面にともる言葉たちを目の端に止めて、脳を通さずに喋る。
「心配されてるねぇ。」
「羨ましいんですの?」
間髪入れず、叩き落とすような返答の合間にも、不規則なリズムで振動は起こる。
真砂子のテンポも麻衣のテンポもまるで無視した振動、そこにのせられた言葉も内容は想像に難くない。
「…かえんなくていーの。」
睨まれた。
全裸の美少女が全力で目に力を込めるとはくりょくがあるなぁ、と平坦な感想を抱いて、麻衣は内心諸手を挙げて舌を出す。
「どこに帰れって言うんですの。人を攫っておいて」
「人聞き悪いよ」
自分から来たんじゃん。
へら、と笑う麻衣のわざとらしい空虚な表情が気に食わなくて、真砂子はこぼれ落ちそうな黒目にますます力を入れる。
腕に力を入れて起き上がった。
突然の行動に少し表情のゆるんだ真砂子に向かい合う。
裸の胸に手を置くと、真砂子は嫌そうに目線をくれた。
「…なんですの」
「現実逃避でもしようかと思って。」
「今してるのはなんですの。」
貯金の尽きかけた麻衣の代わりに真砂子がカード(まさかの自分名義だ。勤労女子高生の桁が違う)を切って逗留しているホテルの一室。
部屋は二三日おきに変える。
最初は物珍しかったラブホテルのつくりも、もう見飽きてしまった。
「なんだろうね」
真砂子の鎖骨を撫でる。
「なつやすみ?」
倦まず、折れずにやってきたつもりだった。
可哀相というカテゴリーに簡単に放り込まれて処理される境遇を脇に置けば、とりあえずは笑っていられる筈だった。
「なんで頑張れなくなっちゃったかなぁ…」
ひとりごちて胸に飛び込んでくる麻衣を受け止めて、真砂子とベッドのスプリングがたわむ。
乾いた素肌が密着する感覚が心地よかった。
麻衣の背中をぎこちなく抱いて撫でる真砂子の手のひらは小さくて、罪悪感を煽る。
「逃げるなら逃げるで、やりきらないといけませんわ。」
静かな声がする。
麻衣は真砂子の肩に首を預け、聞くともなしにそれを聞いている。
「そうでないと何処へも行けません。」
「…そうかもね」
べつにどこへもいきたくない。
心の中で呟いたが、真砂子に聞かせるのはいかにも拗ねた感じがして憚られる。
「あたくしは、やりきりましたもの」
ぽつんと言った言葉に微かなひび割れを感じて、麻衣は笑った。
「やりきったのに駄目だったんだ?」
流石に怒気をあらわにして体を離そうとした真砂子の首を抑えてベッドに倒す。
「なんっ!」
淡く色づいた胸の先に歯を立てた。
「麻衣!!」
きこえない。
蹂躙したい。
目の前が赤かったり黒かったりする、これが欲情なのか加害衝動なのか麻衣にもわからない。
ベッドサイドでは備え付けの電話がけたたましく音を鳴らしている。
真砂子の声も聞こえなかった。